戸田ダイス『レディランド』近代麻雀ゴールド

 イギリスの絵画鑑定人のドキュメンタリー番組で知ったのですが、美術品には同時代の記録として文書に残っていても、実物が失われてしまったものが数多くあるそうです。名を知られてない画家の描いた当時の肖像画はそうなりやすく、逆に文書の記録が失われてしまったために、制作年代や作者がわかっていても、描かれた人物がいったい誰なのかわからなくなってしまった肖像画もあるそうです。

 Webに記録していた文章を読み返すと、そういった漫画家が自分にも何人かいることに気づきます。確かに読んで感想を書いたはずなのに、どういう絵柄でどういう話だったのか、もう思い出せなくなっています。国会図書館や漫画関係の資料館に行けば、あるいは確かめることは可能でしょうが、それも現実的には難しいことです。
 戸田ダイスはわたしにとってそんな漫画家の一人です。1998年当時、わたしの書いた『レディランド』最終回の感想を再掲します。

 1998年4月
 この漫画のテーマは「リスクの少ない安全な麻雀とリスクの多い危険な麻雀、そのどちらが本当の麻雀なのか」というものでした。麻雀を賭け事として見た時、スリルと破滅の間で綱渡りする人間を“管理された賭博場”と絡めて描く、というのがこの漫画のテーマ……だと思っていたんですが、途中そこらへんがどうもおざなりになっていた印象があります。最終回になって少しだけそれに触れましたが、遅きに逸した感はあります。

 今は違いますが、ちょっと前の近代麻雀ゴールドはちょっと変わった作品を数多く載せていました。日高トモキチパンチョ近藤、一篠裕子やその他もろもろ、純粋な麻雀漫画以外のものを数多く掲載していました。専門漫画雑誌のちょっとした余技とでもいうべき漫画、わたしは今でもそういうものが好きです。『レディランド』とその他いくつかの短編は漫画としてはごく普通の作品でしたが、ふとした時に思い出すことがあります。そういう形で作品が残るというのも悪くはないと思うのですが、どうでしょうか。