松本嵩春『i/o』ウルトラジャンプMEGAMIX Vol.1

i/o
 対象とする読者層が狭い漫画雑誌に多く見られるのですが、話のよく飲みこめない漫画作品というものが多々あります。たとえ単行本一冊分の話を読んでも、その作品世界の内実や登場人物の性格、あるいは今誰が何をしているのかといった基本的なことですら理解できないのです。その一方で、そういう自分には理解できない作品を支持している読者が存在しています。

 自分の理解に問題があるのか、それともその作品には何か隠された意図や情報がこめられているのか?

 答えは単純です。自分も間違っていないし、支持する読者も間違っていません。要は漫画の楽しみ方が違っているだけなのです。

 松本嵩春は間違いなくこの部類の漫画家だといえます。描きこまれた美麗な絵、決して見づらくはないコマ割り、わかりやすい人物設計、表面的には難しいものは何もありません。それでも理解できないことが多々あります。

 ウルトラジャンプの増刊枠の雑誌に掲載されたこの短編『i/o』は松本の他の作品に比べるとわかりやすいお話です。
――唄と踊りで山神を降臨させる儀式を取り行う"語り部"、その候補者だった文子の元に幼なじみの茉莉から電話がかかってきます。茉莉は今年の語り部として儀式を行っていますが、どうしてもうまくいきません。故郷に戻ることに抵抗を感じる文子でしたが、茉莉の頼みを聞いて帰省の途につきます。――

 地方の奇妙な祭りとその儀式の様子が音楽バンド漫画のように描かれます。儀式とは山神を唄と踊りで飽きさせないこと、どうするかというと舞台の上でカラオケを熱唱するという冗談めかした方法です。
 情報は断片的に、今に至る事情が飛び飛びに語られていきますが、文子が故郷に戻らない理由や山神の儀式の意味といったものは読者が読みこんで類推するしかありません。

 松本の他の作品『ゴングロック』『2Hearts』そして現在連載中の『アガルタ』もそういう傾向が顕著で、作者自身が整理しきれていない情報を、読者がつなぎ合わせて意味が通るようにして読まなければなりません。
 SF風味のマイナーな作品の単行本の最後に"設定資料集"のついているものを読んだことが誰しもあると思います。あるいは作者の自作解説、はては親切なことに登場人物の性格まで書かれていたりもします。そんな情報は漫画の中に描かれているのでは? いえ、それができないから作者は読者サービスと偽って、漫画の情報量を作品以外の方法で補おうとしているのです。

 永野護士郎正宗はそれを逆手にとって、作品情報を文章やイラストで大量に読者に与えます。その結果、どうなったのか。漫画そのものではなく、情報を読み解くことに面白さを感じる読み手が生まれたのです。

 松本嵩春はまだその一線を超えていません。『i/o』は短編なので、人物の台詞やちょっとした描写をつなぎ合わせることがさほど難しくありません。大風呂敷を広げた世界での小さな冗談のあつまり、それが松本の漫画の魅力であって、難解さは必要悪なのです。